伊東陽一郎・佳保里
伊東陽一郎・佳保里長野県伊那市
殿様が愛した「上納米」
長野県南部に位置する伊那市。その市街地から車を走らせる。どのくらい走っただろうか、市街地を抜け、急峻な山間をしばらく行くと伊東佳保里さんが「いらっしゃい。良く来たね。」と自宅前で優しい笑顔で出迎えてくれた。
古くは信州高遠藩の城主・内藤家の殿様が愛した「上納米」のふるさとである。南アルプスの山々から流れる三峰川が豊富なミネラルを運び、藩内随一の米どころだ。今も変わらず、三峰川が大地を潤す。
コンクール入賞常連の父娘が育むコシヒカリ
80歳になる父・伊東陽一郎さんと娘・佳保里さんが上納米の歴史を守り、米づくりを行っている。父・娘共に米・食味分析コンクールの入賞常連、特に陽一郎さんは第4回のコンクールから出品を続け、以来父娘で金賞2回・特別優秀賞9回の受賞歴を誇る。
魚粉・昆布・かに殻・かき殻・米ヌカ・大豆を混ぜて発酵させたボカシ(有機肥料)を使うほか、通常の稲作と比べて驚くほど苗を粗に植えるため、特に初夏の頃は稲が風でさらさらと揺れるほどだという。収量は期待出来ないが、伸び伸びと育った稲が良食味の米を実らせるのだ。
また、標高850mあまりの準高冷地に位置しており、穂の登熟期の大きな寒暖差が甘みを凝縮させる。
「上納米」の歴史、父から娘へ
伊東家自家製の漬け物をいただきながら、陽一郎さんから米づくりへの思いを聞いたが、聞き手はとても不思議な感覚になる。陽一郎さんはまるで友達のことを話すように稲のことを話すのだ。
稲を見ればどの稲に肥料が不足しているか分かると話すが、娘の佳保里さんでさえ、その感覚が未だに理解出来ないという。稲のことを話しだすと止まらない陽一郎さんである。どこの誰よりも米づくりの困難に数多く向かいあってきた匠は驚く程に謙虚である。
「ひとりでも多くの人に自分の米を食べてもらいたい、『美味しい』の一言が何よりの喜びだ。」と話す陽一郎さんと、そんな父を見つめる佳保里さんの優しい眼差し。この父娘がつくる米が美味くないはずはないと思ってしまう。
小学生の孫が農作業を手伝ってくれる、と笑顔で話す陽一郎さん。父から娘、そして孫へ…信州伊那の上納米の歴史が受け継がれて行く。